愉快な十勇士

『尼子十勇士』(明治16年 春陽堂)を読んだ。
鍛代敏雄さんの「山中鹿介と小説」(『山中鹿介のすべて』所収)に付けられたリストによると、近代の鹿介ものの小説ではもっとも早いもののひとつらしい。

最近はネットの近代図書ライブラリーで、こういう本が居ながらにしてダウンロードできるので便利だ。

最初は軍記ものかとおもっていたが、さにあらず。
江戸の読本を思わせる奔放な内容の書物だった。
こういう本を読む時は、頭の切り替えが必要だ。

まず驚いたのは、なかなか鹿介が登場しないこと。
上中下の三巻だが、上巻のほとんどは鹿介の両親の若い頃の話で、
十勇士が全員集結するのはようやく下巻の最後のほうになってから。

これだけでもとんでもないが、鹿介の両親の設定がまたふるっている。

父は村上義清の家臣の相木森之助、母は楽厳寺氏の娘の更級姫。
父の森之助のほうは、鹿介の父だから木に森と洒落こんだのだろうか。どうも実在の人物ではなさそうである。
こどものころ「鹿介は信濃の人」という話を誰かから聞いた事がある。長い間奇異に感じていたが、なるほどと腑に落ちた。
『尼子十勇士』は版元を変えて何回も出版されている。多くの人に読まれるうちお話が史実として定着したのだろう。

母の更級姫の設定もなかなかおもしろい。大力の女丈夫で、山の神を思わせる強い女性だ。鬼女更級とか、金太郎の母とか似たようなキャラクターは多いが、このお話のなかでも期待に違わず、母は山賊の頭になって大活躍する。やっぱり、と思った。

(なお『尼子十勇士』は江戸の読本『絵本更級草紙』の剽窃のようだ。それについてはまたいずれ)

『尼子十勇士』は、歴史小説というよりもフォークロアの世界に近い内容で、楽しく読める本だ。
鹿介のキャラクターもかなりディフォルメされていて、猿に助けられたり、鹿に乗って現れたり、毒を飲まされて餓鬼阿弥みたいになったり、温泉で甦ったりする。

こういうどこかで聞いたようなエピソードが続く。
七難八苦の英雄像とは対極的な鹿介。いつも明るく朗らかだ。

お話は、鹿介が月山富田城を奪還した後、毛利に囚われていた尼子義久が子どもの勝久(そういう設定)と再会し、尼子家がふたたび十一州の大守となるところで大団円を迎える。

十勇士より鹿介の父母のほうがキャラクターとして面白いという、なかなか法外な書物だった。